美しい血肉

日々のことが美しくないなんて嘘だ。

Thou shalt love thy neighbour.

「どうして世界は僕に優しくないんだろう」

 そう問うたら、傾き始めた冬の日差しを浴びてうたた寝をしていたカルルが、目をぱちりと開いた。

「起きていたの」

 僕は少しだけ驚いて、そう言う。

「半分寝ていて、半分起きていたんだよ。昨日授業で習っただろう、シュレディンガーさ」

 彼女は目を三日月形ににいっと細めて、僕に顔をぐっと近づけた。

 男の子の様な話しぶりのくせに、カルルは淡い茶色の髪を胸元まで真っ直ぐに伸ばした女の子だ。柔らかく、この季節には縁遠いだろう花の匂いがする。

「……梔子?」

 思わず呟くと、

「よく気付いたね。花の名前を知っている男はもてるよ」

 ぱっと見開かれた目も淡い茶色、それが日の光に透けて、彼女の中まで見通せてしまいそうに錯覚する。

「さっきの問いに応えてあげよう」

 カルルは軽やかに僕から離れ、脇にまとめられていたカーテンをばさばさと音を立てながら引き、窓を閉ざす。

「君が世界に対して優しくないからさ」

 

 そうして、訪れた、間は一瞬だったのか。

 

「……汝の隣人を愛せ、だよ」

 

 ああ、それも確か、今日の授業でやっていたなあ。でもそれは、ねえ、まったく違う意味ではなかったっけ?

 

 今、初めて、僕はカルルが女の子であることに気がついた気がする。

 柔らかく湿った唇にはまだ、花の匂いが残っている。