美しい血肉

日々のことが美しくないなんて嘘だ。

I must go the future.

数年ぶりに実家に帰った。

新宿から私鉄で三十分揺られ、バスに乗っていく場所。

駅前は開発が進んでとても綺麗で賑やかになったけれど、

離れてしまうとそこは寂しい振興都市だった場所だ。

高齢化が進み、私が通っていた小学校も、中学校も失くなった。

真昼のそこには人の姿が見当たらず、なんとも言えない寂寞が充満している。

遠く、遠く、ここではないどこかから運ばれてきたような喧騒が、

微かに耳に届くばかり。

この街をぐるりと囲むように走る国道だけが、この世界には、街にはまだ人間がいて、

彼らの生活が微かに息をしていることを証明している。

 

この場所に、いい思い出なんかひとつもない。

憎悪、心細さ、気まずさ。

いつだって、上手に切り抜けられなかった。

ひたすらに泥臭く、傷だらけで、みっともなく生き延びた。

なんでまだ生きてるんだって言われた声が、いつまでも鼓膜に張り付いて剥がれない。

小学校が、中学校が無くなったことにどれだけ安堵したか。

死にゆくこの街に手向ける花はあれど、惜しむ気持なんて欠片もない。

それなのに。

 

どうしてこんな、寂しい未来が心に痛いんだろう。

懐かしさが、かまいたちのような鋭さで絶え間なく私に吹き付けるんだろう。

 

マンションのエントランスをくぐり、エレベーターに乗り込んだ。

私が知っているエレベーターじゃない。

奥の壁に大きな鏡が据え付けられ、壁も少し洒落た模様に飾られている。

私がここに住んでいた頃は鏡なんてなかったし、壁は安っぽい黄色一色だった。

音もなく昇るそれは他に人を乗せることなく、すぐに目的の階に辿り着いた。

やはり見知らぬ色で塗られた廊下を歩きながら、下を見下ろす。

人気のない道路。公園。あちこちに植えられた街路樹や生垣だけが、

やたらめったら成長して枝を伸ばしている。

今は冬だからそうでもないが、きっと夏になったらぎらぎらとした生命力を発散し、

この街を覆い隠してしまうんだろう。

 

知っている部分と知らない部分がぐちゃぐちゃに混ざった景色を眺めながら、

どうしようもない衝動に負けそうになる。

あんなに嫌って、捨てるために必死になった場所なのに、

戻れるならば戻りたい。そう、強く思った。

そして、それ以上の強烈さで、それは出来ないんだと思い知った。

戻れるようで、でももう戻れない。ここに、私の居場所はない。

 

もう少し上手く出来なかったのか。

本当にこの方法しかなかったのか。

だけど、目の前にあるこの現実だけが全てで、これ以上も以下もなくて、

きっとどんなルートを辿ったって、この結果にしか辿り着けなかっただろう。

ふるさとを嫌いになれる人なんていない。

でも、私は嫌いになることでしか自分を守れなかった。生きられなかった。

そういう人生もある。……それだけのこと。

今までに積み重ねてきた人生の断片が綯い交ぜになって、ナイーブになっている。

…ただそれだけのこと。

 

不意に、カーン!と、ボールを打つバッドの音がくっきりと耳に届いた。

私はぐうっと伸びをして、一言、呟く。

 

「未来に行かなきゃ。」